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人ならざる存在の悪戯かも知れない、怪しい消失騒動が絶賛進行中という某改装工事現場で、
建前的にはそんな悪さを監視し、犯人が居るのなら捕えに来た彼らでもある。
本日の作業も終わったことだし、怪しいことをやらかし中の誰かさんをおびき出すべく、
さほど煌々と明るくせぬままの薄暗がりに身を置く面々だった中、
不意に 皆それぞれの身に添わせていた携帯から “ぴぴぴーっ”という信号音が鳴り響き。
こういう事象へ手慣れているのだろう、
素早くメモリに落とした国木田と谷崎が、発信地を固定記憶させて全員へ通知する。
【 母屋の裏手の蔵の横、真裏の切通しの縁辺りだ。】
外の巡回にあたっていたのは太宰と芥川で、
他の二組は屋内に居たが、それでも発信が届いたということは、
やはりこの施設にほど近い、広大な敷地内のどこかにミヤコさんは居るのだろう。
電源の保持が不安だったか、それとも自身を巻き込んだ憎っくき相手に気づかれまいとしてか、
断絶的に、しかも瞬間的な発信しか出来なかったらしく。
それが示す事態というと、
巻き込まれたか、何かしら邪魔立てした恰好になって排除されたか。
とはいえ、問題の異能者は さして膂力も度胸もない奴だったので、
直に手酷い仕打ちを下されたとも思えない。
あのややこしい異能力で飛ばされた異世界から
限定の数日が経ったことで何とか戻って来たということだろうか。
“それとも…。”
初夏とはいえ、外はもうすっかりと夜陰の帳が降りており、
繁華な土地柄ではない上、
改修中の施設の敷地内であるがため、手元足元を照らす明るみも少ない。
そんな中でも、方向感覚は鋭い面々、
今日初めて来た場所だというに、指示された方へ迷いなく向かっておいでで、
「こっちかっ。」
「中也さん、足元気を付けて…「のわっ!」…。」
さすが、廃墟同然だったという話に嘘はなく。
建物には掃除や修理といった手入れもされてあったらしいが、
裏の木立や下生えは放置状態だったか ちょっとした密林もどきに鬱蒼としていたようで。
急遽刈ったのも表から見える範囲だけらしく、
よって、膝丈の雑草の間に思わぬ大きさの石ころがでんとあったりし。
照明なぞない暗がりの中、
草いきれという以上に青臭い香りの垂れこめる方へ突っ込んだものの、
すぐにも あわわと躓きかかってしまう中也を 敦が素早く虎の尾を伸ばして受け止める。
何が起きたかまでも的確に捉えての素早いこの仕儀へ、
「流石 虎の目だな。」
「いやあの、まぐれです。/////////」
お褒めに預かったのは嬉しいものの、
緊急時とあって感覚も冴えているのだろうと、敦としては自分でこっそりとそう断じていたりして。
だって日頃は、うっかり自分から電柱にぶつかりに行っては芥川に引き留められているんだもの。
彼奴から中也に明かされてないのかな、
告げ口するよな奴ではないが 暇つぶしの話題にはうってつけかも…なんて微妙な苦笑をこぼしつつ、
中也に置いてかれぬよう、風のように駆けつつも、
足元のでこぼこや 顔近い高さに不意に現れる小枝などへも注意を払い、
虎の爪を横薙ぎに振り抜いては 進む先から逐一排除してゆく進軍で。
そうやって障害物を探知するのは敦に任せ、
中也の側はただただ国木田から指示された場所へと急ぐことに集中する。
行方不明のミヤコという子は、その特殊な能力から、
火力としてではないながら 戦闘の場へも送り出されるので顔馴染みであり。
異能への探査能力は大したものながら、当人には何の戦闘力もなかったことが案じられて。
“でもま、それでも自力で何とか出来る奴ではあったが。”
どれほどか弱くとも年少であろうとも、裏社会に救済の文字はない。
似たものがあったとしたら、
力に余裕のあるものの気まぐれによる 自己満足な慈悲ごっこくらいのもの。
弱い者は非力故に誰かの力の糧となるか淘汰されるしかなく、
囲われ者だの不快な陰口も叩かれてしまうだろうし、
何より誰かの助けに縋らねばならぬ弱者だという肩書に甘んじなければならず、
それが嫌なら、歯を食いしばって生きながらえる術を自力で見出すしかない。
ミヤコも珍しい異能あって拾われた身だが、
それ以外が足らぬなら自分で知恵を回して何とかするしかないところは同様で
「っ、中也、敦くん。」
裏側への近道でもある木立へ駆け込んで数分も掛からず、
先に回り込んでいたらしい太宰と、
進行方向に立ち塞がる雑草ジャングルを 羅生門で文字通り“刈って”いる芥川の姿が視野に収まる。
天然の要衝は外敵のみならず内に居るものへも難儀を醸しているようで、
「蔓系の雑草が案外と手ごわくてね。」
「大丈夫です、太宰さん。」
こちらに気づいた太宰が、まだ余裕か小粋に苦笑して肩をすくめたものの、
それへと瞬発入れずに飛んできたのが、なかなか勇ましい鋭いお返事。
手古摺ってなんかいませんと言いたいらしい漆黒の覇者殿だが、
悪食の黒獣は意外にも野菜嫌いか、この時期の雑草の成長ぶりの強かさにやや苦戦しているらしく。
“生木や芒草は水気が多い分 抵抗も強いからなぁ。”
アニメや何やで剣豪がスパっと大太刀で斬り倒すシーンがあるが、
実はこれってコツが判っていないとそりゃあ難儀な仕儀であり、
後から追いついた敦も加わり、虎の爪でザクザクと芒種の茎の束を刈り始める。
「あ・敦くん、木は切っちゃあダメだよ?」
「ふぇえ?」
伸ばしかけた虎の腕を中途で止めた虎の子が、何でですか?それと窮屈そうに振り返るが、
「だって、我々は監視に来ているのだよ?
施設をぶっ壊しちゃあいけないし、庭木にも計画があろうから手をつけちゃあいけないんだ。。」
「うわぁあ、頑張りますっ。」
そうかそれで苦戦していたのかお前と、
並ぶ格好になった黒獣の覇者さんに同情的な視線を投げてから、
ザクザクと草の壁の削除作業に取り掛かる。
ドクダミが混じっているらしく、独特な匂いが立つ向こう、
「てぇいっ、抵抗はおよしなさいっ。
これでもこっちはポートマフィアですっ。」
夜陰の向こうから何とも勇ましいお言いようが聞こえて来て、
ハッとしたそのまま、おおと こちらの年上組が安堵の表情を見せる。
女性の声ながらも 芯の通った頼もしい一喝であり、空威張りとは到底思えぬ代物で。
でもあいつ、ただの情報員なんだけどもなと、
中也と太宰がついつい苦笑交じりに顔を見合わせておれば、
「哈っっ。」
頑固な蔓草の最後の陣幕を 黒獣と虎の爪が切り払ったようで、
足元へちょっとした山のように積もったそれを、
今度は楽勝で黒獣に食らわせ、それで開いた“けもの道”を太宰と中也が素早く突っ切る。
ほんの一跨ぎに思わぬ苦戦を強いられた一行が、
木立の向こうに開けていた一角へと踏み込めば、
母屋の陰になった闇だまりで、ごつっという鈍い音がし、
そこから続いたのが誰かがドサッと倒れ込む気配。
こちらが探していた存在が無事ならばいいのだが、
連絡してこれなんだ向こうだとて こちらの動向は知らぬままだろう。
どちらもが相手の正体を探るように ついのこととて息を詰めて立ち尽くした間合いへ、
「あ……。」
敦が思い出したように手にしていたハンドライトのスイッチを入れた。
ロビーにあったの鷲掴み、此処まで持って来ていたらしく、
警戒してか暗がりの中から出て来ない相手を照らし出せば、
こちらがどういう顔ぶれか やっと気づけたか、
「…中也さん、それに太宰さんですか?」
何だったら逃げ出そうと構えてでもいたものか、
それが弛緩したらしい気配をまとった、
誰ぞかをぐるぐる巻きに縛り上げ、てぇい往生際の悪いと引き摺ってた人影の姿が浮かび上がる。
マフィアだからというわけじゃあないが、黒いスーツ姿も板についた、20代だろうその人影は、
セミロングの髪もよれよれのまま、目の前に現れた顔ぶれへ力が抜けたかへにゃりと笑う。
「わあ…話には聞いてましたが、ホントに女性なんですね、中原さんも太宰さんも。」
こんな場面だというに、
気が緩んだのがありありした笑いようで、目の前へ現れた綺麗どころの4人を見やる彼女へ、
「うん。びっくりした?」
「そっちこそ、なかなかに可愛いじゃねぇか。」
太宰も中也も、勿論たまたまのことながら、
本日はセミタイトなスカートに黒いストッキングというお揃い風のボトムでおいで。
それぞれに肉惑的魅力的な御々脚を晒していて、
その脇には、それぞれの愛し子が睦まじくも寄り添うており。
片や漆黒の外套を初夏の夜風にひらめかせ、
冷ややかな美貌を表情の薄いまま凍らせた、魅惑のゴスロリ風美少女として。
片やは、実は獰猛な虎をその身へ下ろす異能の子だというに、
白銀の髪を月光に輝かせ、ちょっぴり甘えん坊な童顔を喜色にほころばせて、
こちらもそれぞれなり、わあ良かった やっと見つかったと行方不明だった自分を出迎えてくれており。
そう、こちらは皆さんが女性という異世界だった模様。
男性の頼もしき構成員だって たんと居はするが、今の代は やや女性上位ででもあるものか、
例の北米の組合や露系の地下組織が図々しくも此処ヨコハマへ押し寄せた乱も、
公的な機関や火力なぞ てんであてにはならぬ中、
知恵も度胸もあり余る、彼女らの果敢な奮闘で寄り切って押し伏せたようなもの。
………というのが現状らしき“異世界”に送り込まれてしまったミヤコ嬢なのであり。
ひゃあ、何て頼もしいと女傑の揃い踏みに見惚れておれば、
それで罠でも作ったか、消火栓のホースだろう何とも頑丈そうな素材にグルグル巻きとされ、
既に意識を飛ばしている容疑者だが、
一応はと 異能無効の念を、その額へ綺麗に手入れした指先でつんと押し込んだ太宰嬢が、
「それにしても冷静に対処したもんだね。」
感心しきりという声を出す。
たった一人で、しかも異能力なんていう不思議な力で、
否が応もなくの強引に “異世界”へ放り出されてしまったわけで。
「そのなりであれ、
マフィア本拠へ帰れば中也辺りが事情も知ってる、
ちゃんと察してくれたろうに。」
そう。本来、こちらに居る“ミヤコ”は男性なはずで。
やはり、異能発動探知という異能力者ではあれ、
どちらかといや文系の優しげな風貌した構成員で。
戦闘の場に送り出されもするが、もっぱら敵の火力を知らせるだけの存在にすぎぬ。
今回は、そんな感応型なればこそ巻き込まれてしまったわけでもあるのだが、
そんな性質上、確認された異能力は情報網を巡らせて拾い集め、片っ端からすべて浚っており、
同じ能力は滅多に現れなかろう特異なものでも、
資料が回って来れば目を通すし、接触したものが組織内に居るなら話を聞きもする。
こたびのややこしい異能力に関しても、
最初から探偵社と共闘作戦だったことと、身内の遊撃隊長が異世界へ飛ばされたこともあり、
芥川や中原にじかに話を聞いていたお陰様、
一瞬の意識混濁の後、何だか妙な雰囲気の街に立ってたことと、
とりあえず戻ろうと思ったマフィア本拠近辺に居た構成員らが
どうも性別的に入れ替わっていたようなのへ素早く気づき、
これってももしかして…と その筋の情況に関して、
丁度 太宰のように独自の情報屋経由で探って 件の能力者失踪の旨を確認。
「何が腹立ったかって、
色々なプリペイド系カードが “性別間違い”で弾かれ続けたことですかねっ 」
それは精巧に仕立てられているはずの身分証、
チャージ型のお財布機能まで、登録データと性別が違うと弾かれ続け、
(店員には、カードに添付された顔写真はご本人ですのにねぇと、手動処理してもらえたが)
何処ででも性別不一致で引っ掛かっているのが無性に腹立たしかったせいもあり、
よくも巻き添え食らわせてくれたわねと、逃走経路を様々な条件を精査して割り出し、
こちら方面だと追いかけての この数日だったとか。
「でも、放っておいても戻れたろうに。」
「……っ、だ、太宰さん。/////////」
経験者…は自分ではないものの、
向こうの子と入れ替わってた愛し子は、ほらこうして無事に戻って来たのよ?と。
どさくさ紛れながらも まるで見せつけるかのよに
漆黒の外套に包まれた芥川嬢の細い肩を
自身の懐ろ、豊かな胸元へきゅうと抱き寄せる太宰だったのへ、
「何言ってます、そんな保証はないんですよ、それに。」
ああ、相変わらずだなぁという うんざり顔になった辺り、
戦場でこそ顔を合わせてた間柄ゆえ、
美人でございますと、(あ、向こうだったらイケメンでしたか) 取り繕ったそれじゃあなくの
本性に近いこんな態度にも馴れていたのだろうミヤコさん、
「こっちの、ということは同性同士。
なら私でも取っ捕まえられるんじゃないかと思いまして。」
そう、彼女が引き倒していたのは、女性の異能力者だったりし。
本来の世界に居たままだったなら異性が相手となったところ、
そうじゃないからこそこの展開に余計にむかつきもしたらしく。
とはいえ、
「ご本人もさぞかし、自分自身が並行世界とやらへ逃げ出したかったのだろうね。」
前の折は、よく判らぬものが次々現れていたものが、
今回は様々なものが片端から“消えて”いたのを差してそうと言う太宰嬢であり。
座標の基礎である本人が移動するのは無理な相談だというに、
そこまでは判っていなかったのか。
捕まった警察関係者から自身の異能を訊かされ、
ならばと収監先から逃げ出したそのまま、
制御できない異能とやらがどう発動するのかも判らぬまま、
自身が逃げ出したいという要望を盲撃ち的に暴走させたらしい大莫迦者。
「ま、これで一件落着には違いない。」
こやつは異能特務課に引き取ってもらうとして、
確か近所にコンビニあったよな、あれこれ買って来て宴会しようと意気を上げる旧双黒に、
「いやその前に、お風呂に入ってもらいましょうよ。」
「腹は空いてないか?」
と、年少さん二人がミヤコさんへ問いかける。
流石は女性陣営らしい気遣いが飛ぶ、
そんな風に沸いた こちら陣営の顛末だったようでございます。
to be continued.(18.05.20.〜)
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*いきなりこのお話だけお読みの方へ。
既作品『ようこそ、お隣のお嬢さんvv』の世界線とクロスオーバーしております。
武装探偵社とポートマフィア関係者らが男女逆転している並行世界と
ひょんなことから接点持ってしまったというドタバタ活劇風のお話です。
やや同じ人間関係だったり、やや同じことが起こっているのですが、
微妙に違うところもある、何ともご都合主義なお話でした。
関心を持たれた方は是非ご一読をvv
(こっちと同じで、あんまり百合百合はしてません。)

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